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@母 2013.02.04 (月)
母が亡くなって、今日で丁度1ヶ月経ちました。
ホントに速いもんです。
あっという間です。
あの夜の出来事は、ほんの昨日の事のようなのに。

1月2日の「昏睡?爆睡?」の翌日3日、
前日と寝たきりの状態は変わらなかったけど、熱は下がってたので、
デイに、例の如くの強制連行で行って貰いました。
デイの方が、まだ少しでも食べてくれるかもと思ったし、
連日便も出てた事もあって、キレイに洗浄してあげたくて。

戻って来た時も、朝と変りなく、そのままベッドに。
連絡帳を見ると、食事は主食副食共に0%でした。
それでも持参したウィダーだけは全量摂取出来たと書いてありました。

夜も、声掛けに「うー」程度の反応はありましたが、食事は無理そうなので、
プリンとスムージーを、寝たまま少し食べました。
時間を置いて、ポカリを吸い飲みで飲ませてみたら、
入れた分だけ飲んでくれたので、ウィダーもいけるかなと手にしたら、
喉がゴロゴロし始めて、ほんの少し嘔吐しました。
誤嚥したら怖いので、ウィダーはやめときました。
その後も、時折、言葉にならない独語と言うか、うわ言はありましたが、
ほぼ、入眠状態と言う感じでした。

前日の熱があった時も心配でしたが、それ以上にこの夜は不安を感じてました。
やっぱり、虫の知らせというのか、何かしら予感があったのかも。
10時頃に、姉に今日は寝るのが怖い云々とメールをして、
1時頃までは、PCしながら見守りしてました。
PCを落としてからも、母の方を向いて横になり、ずっと見てたんですが、
そのうちに、つい、ウトウトしてしまって。

「うー」とも「ふぅー」ともつかない、母の息遣い?に目が覚め、
母を見ると、かけてある布団が激しく上下してました。
すごく呼吸が速いのです。
慌ててiPodで検索して、仰向けの場合は、横に向けて…と書いてあったので、
背中に枕を挟んで、少し横向きの体勢を保てるようにして様子を見てると、
そのうちだんだん呼吸が緩やかになって来ました。
唸ってた声も、スーッと静かな寝息に変わったので、安堵して、
真夜中ですが、兄にも、こんな状態で不安でいるとメールを送信。

送信して携帯を閉じた瞬間くらいのタイミングで、
ふと、もしかして布団が上下してないんじゃ?と思い、
ビックリして母を揺さぶったり、喉に指を当てて脈があるか調べたり。
パニクって、兄と119に電話しました。

119の電話では、到着するまで心臓マッサージ続けるように言われ、
ドラマでは度々目にしていたけど、あれを自分がすることになるなど夢にも思いませんでした。
兄と救急車が同時に到着し、既に心肺停止していると。
そのまま、兄が付き添って救急センターに向かいました。

病院での処置で、一旦は心拍は戻ったそうですが、6時45分臨終となりました。

一度病院で心拍戻ったけれど、自宅での死亡と言う扱いになるらしく、
検死に回され、自宅にも、警察の人が3人も来て、聞き取りがありました。
そんなことまで訊くの?ってな質問もありましたが、
特に不審な点はないと判断(当たり前や~!)されて、聞き取りは終了。

私が神経症のため外出できないため、母が、この先施設に入ることになったり、
入院することになったら、私は会いにも行けなく、何もしてあげられないので、
どんなに介護が大変になっても、最後まで自宅でお世話したいとずっと願っていました。
意思の疎通も出来ない母でしたが、そういうものを越えたところで、
ちゃんと私の気持ちを解ってくれてたんだと思います。
それで、私一人ではあったけど、最期を看取らせてくれたんだと。

前日にやっぱり病院へ連れて行ってればとか、
この日、無理やりデイに行かせなければとか、
呼吸が速いことに気がついた時点で、すぐに救急車呼んでればとか、
あれこれと、「たられば」を思わないことはないですが、
敢えて、これで、よかったんだと思うことにしました。

息を引き取る寸前まで、「お母ちゃん!」って呼ぶ、私の声が聴こえてたならいいなぁ。



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